2010年05月22日

モリオカ買い出さない紀行

さてさて、先日、大学時代の研究室の教授が今年3月で退職となったので、そのお祝いの会に行ってきました。

同期(僕が4年生の時の同期ですw)の出席が3名だけだったのでちょいと残念だったのだけど、先生の講演、宴会、温泉、宴会、宴会、宴会みたいな感じで、とても良い時間を過ごすことが出来ました。

研究室は化学。自分の仕事はソフトウェア。全然分野が違うわけで、やっぱり、ああいう場に集まるのはちゃんとマジメに化学をやっている人がほとんどなので、自分だけなんか違う次元からやって来たようでなんとも不思議な感覚でした。

そのお祝いの会は話はこの辺りでおいておいて。

今回は、会場に行く前にちょろっと実家に寄ってきました。
新幹線で盛岡に着いて、電話を掛けたけど誰も電話に出んわだったので時間もあるしと思い、駅から歩いてみました。

思えば、駅から実家方面に歩くのは久しぶりです。
2月に大学訪問したときは駅から大学のルートだけだったしね。

距離としては、西口から行った方が近いのだけど、今回は東口から。
なんとなく、景色がスカスカしているというか、ずいぶん視界が広くなっているような印象を受ける。
前からこうだったような気もするし、こうじゃなかった気もする。東京の街並みになれすぎたせいなのかなぁ。

そんなことを思いながらも、いつもの地下道をくぐって、母校の近くを通っててくてくと。

あの店無くなったなとか、この店まだあるんだとか、ここにこんな家あったかなとか、ここに何かなかったっけかなとか、太鼓屋の皮の匂い苦手だったんだよね、とかそんなことをゆっくり噛みしめられるのも徒歩のスピードならではのことなのかなと思います。

太鼓屋の皮の匂いは今でもそんな好きじゃないけど、それすらも今となっては懐かしいですね。

空き地が駐車場になるのは、東京でも地方でも変わらないのね、なんてささやかな共通点に感心したり。


それにしても、土曜日にしては全然人が歩いていません。いや、土曜日だからなのかな? 盛岡の人はもっと歩くべき。

でも、やっぱり東京と比べたら遙かに時間の流れがゆったりしているように感じる。
これが“てろてろの時間”というやつなのでしょうかね。

そんな中でふと思うのは、いつかここに戻ってきたとして、僕に何か出来るのかな、ということ。
近い将来の話じゃないにしろ、東京でやることがなくなったらこっちに戻ってくるわけで、その時に何かここでビジネスが出来るのかなと。(正確には、生活していければビジネスでなくてもいいわけですが)

盛岡に拠点を構えたとして、結局は東京の仕事しかしないんじゃ、ここでやる意味は無いよね。せっかくだから、その土地の需要に見合うことをやりたいなと思うわけです。それか、土地に縛られないようなアイテムを発掘するかですかね。

まあ、時間はまだあると思うのでちょいとゆっくり考えてみます。少なくともへきるたんが活動している間は東京にいると思うよ。(動機が不純)


そうこうしているうちに実家到着。
ちょっと涼しいのかなと思いきや、家に着く頃にはじんわりの汗がにじんできていました。気候的にはそんなに東京と変わらなかったかも。
ちょっとだけ実家に滞在してその後、会場へ。そして冒頭へ続くわけです。

そんな盛岡滞在記でした。


あと、家の前に教会できてた((((;゚Д゚)))
死んだらここで生き返らせてもらおう。
posted by tsasaki at 20:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑記
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